ホラゲさんのこと③

その日は珍しく「ビータ」(旅)と言われる遠征で、三重の松阪市にオープンするビジネスホテルの宣伝の仕事だった。もちろん交通費をケチって、ワゴン車で行くことになっていた。

ホラゲさんが来るものだと思っていたら、別の三十絡みの男が運転して来た。

その男(自称ドラマー)がまあ、フカすフカす。「俺は超多忙なスタジオミュージシャンだ」「さっきまでB'zの松本とセッションをしていた」「メジャーなアーティストで俺のことを知らない奴はいない」。ホラゲさんの使い走りで1泊2日で運転する奴がそんな大層なはずはないっていうのは誰でもわかるが、高速道路でハンドルを握ってるわけで、メンバーは神妙に頷いていた。ただ、どうも車の下からおかしな音が聞こえてくる。

その頃、ちょうど「偽造500円玉」が横行していて、高速のサービスエリアなんかでは500円玉が使えなかった。その男は俺に500円玉2枚と千円札を両替してくれと頼んできて、まあ別に明らかに本物だったから両替してあげたのを覚えている。

仕事の方はまあ散々で、寒空の下長時間の演奏で、いつものホラゲさんの仕事といったところだったが、まあ、旅行がてらということもあって、それほど辛いものではなかった。

ところが帰り道、車の下から出る音がどんどん酷くなり、異臭と煙が立ち込めてきた。横浜青葉辺りのインターでなんとか高速を降りたが、もう車は出せない。そのとき、自称ドラマーが、「これで帰ってくれ」と渡してきたのが、大量の500円玉だった。両手いっぱいの。3万円はあったか。

「ジャーマネ」の俺は、タクシー代をそこから出して、残りは「部費にする」と言って、ちょろまかした。