2001年インドの旅

俺は、強い嫉妬の感情を抱くと、両こめかみから頭頂部にかけてぞわっ、と痺れが這い上がり、それが食道を通って胃にぐっ、と下りてきて、ゲロが出そうになる。つい最近も誰かさんにそんな経験をさせてもらった。まあ、生きてりゃ色々ある。

また、大好きな音楽を聴いたり、本を夢中で読んだり、映画でえらいこと感動したりすると、鳩尾の辺りがもぞもぞして、それが背中の方に回って心臓を持ち上げてくる。ただ、こっちの方の感情は、もう最近はほとんどなくなってしまった。歳は喰いたくないもんだ。


俺が今までで最も多く読み返した本は、小学生の時に家にあった「学研まんがひみつシリーズ」なのは間違いない。100回以上ずつは読んだし、内容はいまでもほとんど頭に入っている。

そして、次に多く読み返したのは、これだ。

 

深夜特急3-インド- (新潮文庫)

深夜特急3-インド- (新潮文庫)

 

深夜特急。ミッドナイトエクスプレス。路線バスで香港からロンドンまで。特に前半、インドの部分にハマりまくって、何十回と読み返した。

で、行きましたよ。インドに。もちろん一人で、宿の予約も一切せず、往復の航空券だけ買って。2001年の2月だったか。同時多発テロの直前に。

チェンナイから、電車でカルカッタ、バラナシ、デリー廻って、チェンナイに戻る。インド一周3週間の旅。

いろんなことがあった。深夜特急に書かれていることより、よっぽどいろいろ。深夜に着いてタクシー乗って連れて行ってもらった宿では屋外の鉄格子の向こうで寝ている主人を叩き起こしてゴミ箱みたいな部屋に泊まったし、カルカッタでは偽ハシシュと変な布を掴まされて大枚を奪われたし、バラナシで死体焼いてるのも眺めたし、狂ったサドゥー(聖職者)に絡まれたし、バングラッシー(マリファナドリンク)飲みすぎて目を回してインド人に頭に水ぶっかけられたし、下痢で死にそうになったし、チェンナイでは人のうんこだらけの砂浜で延々と投網をしてるおっさん眺めたし、宿のレストランでカレー頼んだら材料から買ってきて2時間待ったし、朝散歩していたら建物の下の穴みたいなところから6人家族が出てきていきなりチャイ屋がオープンしてびっくりしたし、日本人の旅行客のかわいい女の子とデートしたし。インド人のカースト制故の刹那的な価値観や、騙そうとしては来るが、決して「強奪」しようとはしない妙な礼儀正しさには感銘を受けた。

面白く、得難い体験だった。ただ一方で、こんなもんか、そうだよね。実際はこんなもんだよね、といった落胆もあった。「自分探しの旅(笑)」としては、全く。

実体験で上書きされた後は、「深夜特急」を読み返すことも、もうなくなってしまった。そりゃそうだよね。実際に行ったんだから。自分の目で見たんだから。


で、先日、(おそらく)本を読まないから成績が芳しくない息子のために、何かいい本はないかと本棚をひっくり返していたら、「深夜特急」が出てきた。息子にはまだ早いかと思いながらページをめくっていると、鳩尾がもぞもぞし出した。

文字から目を離せば、自分で見たあの光景を思い出すことはできるが、文字を追いながら浮かぶ光景は自分で見たそれではなく、行く前にこれを読みながら思い浮かべたものだった。景色も、色も、匂いさえも。俺にとってのインドは、実際に俺の行ったあそこではなく、ここだったのだ。

そして、これを書いたときの作者の年齢をとうに超えてしまっている自分に気づき、こめかみが微かに痺れるのだった。